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高松地方裁判所 平成4年(わ)142号 決定 1992年10月23日

少年H・K(昭49.2.19生)

主文

本件を高松家庭裁判所に移送する。

理由

(認定した事実)

被告人に対する本件公訴に関し、当裁判所が、当公判廷において取り調べた各証拠によって認定した事実は、次のとおりである。

被告人は、同棲中のAと共謀の上

第一  スーパー甲○○店の売上金等を強取することを企て、平成3年9月14日午後10時過ぎころ、香川県仲多度郡○○町○○×丁目×番××号先路上において、自動車を運転して帰宅途中の同店従業員B(当時64歳)に対し、被告人が自動車の故障を装い停車を求めた後、Aが、刃体の長さ約10・5センチメートルの切出しナイフを示しながら「静かにせえ。静かにせなんだら刺すぞ。」などと申し向けて脅迫し、被告人がBの口や両手首にガムテ一プを貼るなどしてその反抗を抑圧し、BをA運転の自動車に同乗させて、同町○○×丁目×番×号所在の○○町火葬場まで連行し、同所において、同日午後10時10分ころ、B所有の現金約6万円在中の財布等を強取し、さらに同県三豊郡○○町大字○○××番地××所在の甲○○店までBを連行し、Bが管理していた鍵を利用して、同日午後10時52分ころ、同店事務所内に置かれていた金庫から、同店店長Cが管理する現金652万5269円、商品券多数(額面合計7万4500円)、マドンカード13枚(価格合計26万円)等を強取し、その際、Aは反抗隠蔽のためにBを殺害することを決意し、再びBを前記○○町火葬場まで連行して、同所で被告人にBの殺害を持ちかけ、被告人もこれを了承し、翌15日午前2時ころ、同所において、Aが長さ1メートル余りの角材でBの頸部を6回位殴打するなどし、よって、そのころ同所において、Bを死に至らしめて殺害し(刑法60条、240条後段)

第二  金員を窃取する目的で、平成4年3月23日午前2時35分ころ、同県善通寺市○○町××番地所在のスーパー乙○○店(店長D)の西側通用口から店内に侵入し、金庫の鍵を探して同店事務所内を物色中、同店付近を軽四自動車で通りかかったE(当時17歳)、F(当時16歳)及びG(当時18歳)らに発見されるや、逮捕を免れる目的をもって、Aが所携の金属製バットでE及びFの頸部等を数回殴打するなどの暴行を加えるとともに、同店駐車場に停車中の前記軽四自動車内にいたGを同車内から引きずり出して、「警察呼んだら、この女の命ないんぞ。」などと脅迫し、さらにA及び被告人が、こもごも本製がんじきや木の棒でFの顔面等を殴打するなどの暴行を加え(刑法60条、130条前段、243条、238条)たものである。

(保護処分を相当と認めた理由)

一  被告人の生育歴等

1  被告人の生育歴

被告人は、父H・Y、母H・T子の長女として昭和49年2月に広島県で出生し、父親の仕事の関係で、大阪府や広島県を経て、昭和58年4月に香川県仲多度郡○○町に転居し、以後同町内で成長した。被告人は、両親及び弟(昭和51年生)、妹(昭和57年生)とともに生活していたが、被告人の父親は昭和63年春ころB型肝炎を患って、以後入退院を繰り返し、平成2年1月に死亡した。

被告人は、平成元年4月に県立○○高等学校△△科に入学したが、授業内容が自分の期待していたところと違うことなどから次第に勉学意欲を失って、2学期から怠学するようになり、これに父親の死亡等の家庭の事情も加わって、平成2年3月に同校を自主退学した。

被告人は、父親の死後3か月くらいして母親に男性関係ができたことに対する嫌悪感から母親に対しわだかまりを抱くようになり、家を出て生活したいと思うようになった。また、このころから、被告人と母親は互いに余り干渉しないようになっていった。

2  被告人の性格・行動傾向、生活態度

被告人の知的能力は中程度であり、理解力や共感性もみられ、一見情緒は安定し大人びた印象を示しているが、内面的には未熟で、情緒的にはかなり激しい面も持っている。また、1つのことにこだわりやすく、思い込みや思考の固さがみられ、人との関わりは一面的で偏りが見られ、困難な場面に直面すると柔軟な対応ができず、回避・逃避する傾向があり、自己の解決・処理能力の限界を超えた状況下では、混乱状態に陥り、状況に押し流されてしまう傾向がある。

被告人は、高校1年の2学期までは学校を無断欠席することもなく、アルバイトや仕事先での勤務態度も良好であり、父親の入院中には、母親に代わって家事や弟妹の世話をしていた。また、Aと同棲するまではパチンコもせず、煙草も吸わず、特に派手なことを好むわけでもなく、日頃の生活態度は概して真面目といえるものであった。

3  被告人とAの関係

被告人は、平成2年5月ころ、アルバイトをしていた喫茶店に客として出入りしていたAと知り合い、自分より15歳も年上のAに父親の面影をだぶらせるようになって、次第に愛情を感じるようになり、同年6月ころからAと交際を始めた。被告人は、前記のように、家を出て母親と別れて生活したいと考えていたところ、同年秋ころにAが糖尿病で入院したのを機に、2人できちんとした生活をしようと考えて、同年11月末ころ、同県善通寺市内でアパートを借りてAと同棲を始めた。

Aは、平成3年1月から○○町火葬場勤務となり、被告人も同年3月ころから書類整理などの火葬場の仕事を手伝うようになったが、Aは、被告人が友人らと交際するのを好まず、被告人がアルバイトをすることについても反対したため、被告人はほとんどの時間をAとともに過ごすようになった。

Aは、我が強く、一度言い出したら絶対にこれを撤回することはせず、また一旦怒ると気が済むまで暴れるという性格であり、現に被告人自身、同棲中にAから数回暴力を振るわれたことなどから、Aが怒ると怖いという印象を持っていた。

被告人は、Aに父親の面影を感じていたこと、家を出たいという願望をAを利用して実現したという負い目を感じていたこと、Aが世間からべっ視される職業についていたこと、病気を患っていたことなどから、Aをかばい、Aの言うことは何でもそのとおりしなければいけないという気持ちになることで、自己をAと一体化し、精神的安定を図るという無批判的な依存関係が形成されていった。

4  被告人の非行歴

被告人は、平成2年7月、業務上過失傷害罪により不処分、同年11月、道路交通法違反幇助罪により交通短期保護観察処分となったほかには前歴はない。

二  本件各犯行に至る経緯等

1  認定事実第一の犯行(以下「本件強盗殺人」という。)について

Aは、パチンコ等の遊興費を得るために、スーパー甲○○店の売上金を奪取することを企て、同店店長が売上金を持ち帰るところを襲ってこれをひったくることを被告人に持ちかけた。被告人は、これまでAとともに店舗に侵入して売上金を窃取したことはあったが、人を襲って金を奪うことには抵抗があり当初は消極的であった。しかし遊興費が多いに越したことはないとの思いや、Aが一度言い出したらきかない性格であることなどから、やがてこれを実行することに同意した。被告人とAは、犯行前日に甲○○店従業員のBを店長と誤認して、同人が帰宅するところを追跡したが、襲撃の機会がなく帰宅経路を確認するにとどまった。犯行当日、Aは、被告人に対し、自動車の故障を装ってB運転車両を停止させるよう指示した。そして、前記認定のとおり、売上金650万円余り等を強取した。

被告人は、Aが、売上金を奪ったらBを帰してやると言っていたことから、約束どおり金品強取後にBを解放するものと考えていたが、Aは、Bに顔を見られていることから、犯行の発覚をおそれてBを殺害することを決意した。被告人は、Bを再度○○町火葬場に連行した後に初めてAからBを殺害するつもりであることを聞かされて驚き、いくらなんでも殺さなくてもいいと思ったが、他方で、Bに被告人らの顔を見られている以上、Bを殺さなければ自分たちが逮捕されてしまうというAの考えもそれなりに理解できたこと、人を殺すということが被告人自身のなかでは現実感をもったものとして理解できなかったこと、さらに、Aが殺すと決めた以上、被告人がいくら止めてもやめさせることはできないと考えたことなどから、消極的ながらこれに同意した。そして、被告人は、Aの指示により、Bを窒息死させるためその鼻や口にガムテープを貼ったが、1時間くらい経過してもBが死亡していなかったことから、前記認定のとおり、Aが角材でBの頸部を殴打するなどして、そのころBを殺害した。その際、Aから、被告人もBを角材で殴打するよう求められたが、被告人はこれを拒んだ。

2  認定事実第二の犯行(以下「本件事後強盗未遂等」という。)について

Aは、本件強盗殺人によって得た650万円余りの金銭を遊興費等に遣い果たすと、再びスーパーの売上金を強取することを企て、被告人にスーパー乙○○店の売上金を奪う計画を持ちかけた。被告人は、Aが今度も人を傷つけてでも金を奪うことを計画していたため、これを最後にこのような犯行を今後はしないこと、人を傷つける方法には反対であることをAに話し、自らを納得させて犯行に同意した。そして、前記認定のとおり、被告人らは乙○○店に侵入し売上金を窃取しようとしたが、通行人に発見されて目的を遂げることができなかった。

三  検討

1  本件強盗殺人は、650万円もの大金を強取した上、被害者を殺害したもので、その結果は極めて重大であり、遊興費欲しさという動機にも酌量の余地はない。命乞いをする被害者を、犯行の発覚を免れるためという誠に身勝手な目的から殺害したものであり、殺害の方法も残忍である。火葬場勤務の公務員であるAとともに被害者の死体を火葬炉で焼却して灰と化したという本件犯行は地域社会を震撼させたものであり、何らの落ち度もないのにこのような形で非業の死を遂げた被害者の無念の情はもとより、被害者の遺族の悲嘆も極めて大きい。さらに、被告人らは、右のような重大な結果を生じさせながら、短期間に強取した金銭を使い果たすと、再び遊興費欲しさから本件事後強盗未遂等に及んでいるのである。そして、本件各犯行、とりわけ本件強盗殺人の罪質、犯行の態様、結果の重大性等にかんがみれば、現在ようやく満18歳8か月に達したばかりの少年であるとはいえ、被告人の刑事責任が重大なものであることは言うまでもない。

2  しかしながら、前記認定のとおり、本件各犯行は、いずれも共犯者のAが、犯行を思い立って被告人をこれに誘い入れた上、犯行計画の立案からその準備、さらには犯行の実行のすべてにわたって終始中心的かつ主導的な役割を果たしていたものであり、本件強盗殺人の犯行によって得た金銭についても、被告人とともにパチンコ等の遊興費に費消するなどしたほかは、主としてAにおいて高価な貴金属や撮影機器の購入等に充てて遺い果たしてしまったものである。

これに対して、被告人は、本件各犯行においてAと行動をともにしており、ことに本件強盗殺人の犯行の際には自動車の故障を装って被害者運転車両を停止させたり、被害者の顔面にガムテープを貼り付けたりするなどの行為を分担しているが、これらはいずれもAの指示によるものであって、被告人の本件各犯行への関与は、それ自体としては追従的かつ従属的なものにとどまっていたということができる。また、被告人は、本件各犯行に自ら積極的に加担したものではなく、Aから犯行の計画を打ち明けられて、一旦は躊躇逡巡しあるいは犯行に反対するなどの反応を示しながらも、前記認定のような被告人とAとの関係やAの性格等からこれを拒みとおすことができず、やむなく犯行に加担するようになった心情も見受けられるのであって、いわばAによって本件各犯行へと引きずり込まれたものと言っても過言ではない。

3  被告人は、前記認定のとおり、被告人が満17歳に達する前の平成2年末ころに15歳も年上のAと同棲生活を開始していたものの、両者の年齢差や性格上の問題、さらにはAの暴力等によって、対等な男女の関係というよりも、被告人において無批判的にAに従属依存するような関係となっており、被告人は、Aと生活するようになってから、Aとともにパチンコ遊びに行くようになるなど次第に生活態度にも乱れが生じ、本件以前にもAの主導で窃盗に手を染めたりするなど規範意識が鈍麻して、挙げ句の果てに本件各犯行に及ぶに至ったものであり、その意味で右のような被告人とAとの関係こそが、被告人を本件各犯行への加担へと追い込む背景ないし原因であったと考えられる。しかして、被告人は、本件強盗殺人の犯行当時満17歳6か月、本件事後強盗未遂等の犯行当時においても満18歳1か月の若年であり、前記認定のとおり、高校中退後に比較的軽い交通事犯等による非行歴があるものの未だ保護処分による収容歴はないばかりか、これまでの生育歴、なかでも父親の死亡や母親に対する反発等に起因する性格上の問題点はあるものの、被告人の平素の生活態度にはさほど大きな欠陥と言うべきものはなく、Aの影響感化により悪事に及ぶに至ったとはいえ、これもAへ依存関係を強めていったためであり、被告人の非行性が深化し固定化しているとまでは到底認められない。このことは、少年法20条による検察官送致決定に先立つ少年審判手続において、人間関係諸科学の専門家である少年鑑別所技官及び家庭裁判所調査官の調査結果からも明らかである。これらによれば、被告人にとって現在重要なことは、母親に対する感情を整理・統合させて、親子関係の相互信頼感を高めていくと同時に、Aへ無批判的依存性を強めて現実的な感覚を麻痺させる原因となった人格についてその成熟を促すような専門的、個別的な指導・教育を早期に行うことであって、これを踏まえた両者の処遇意見は、本件各犯行の事案の重大性を十分考慮しても、被告人に対しては保護処分である特別少年院又は中等少年院送致を相当と考えるというものであった。

4  そして、被告人は、本件各被疑事実により逮捕勾留されて以降は、捜査機関に対して本件各犯行につき素直に自白し、共犯者Aとの関係や犯行に至る経緯や犯行の状況等を詳細に供述するとともに、本件各犯行について真摯な反省と悔悟の情を吐露するなどすでに反省の兆しがうかがわれるが、その後の家庭裁判所における調査・審判及び当裁判所における公判審理を通じても同様の供述態度を維持しているのみならず、右のような手続過程を経由することによって、本件各犯行についての事案の解明と被告人の責任の糾明とが行われた結果、被告人において、自らの罪責の重大性を改めて認識して反省の情を更に深めているのはもちろん、犯行の背景ないし原因ともなっていたAとの関係や被告人自身の性格上の問題等についても一層の内省の深化が得られたと認められる。ことに、当初Aとの関係継続を望んでいた被告人が、Aの反社会性や問題性に気付き始め、現在ではAとの訣別を決意するに至っていることは、被告人の自省の深まりと更生への決意を象徴的に示す何よりの証左であるといってよい。このような事情に加えて、被告人の母親も、被告人が本件の罪を償って出所した後においては被告人をあたたかく迎える旨当公判廷において供述していることにも照らすと、被告人が今後本件のような重大な犯罪を繰り返す可能性は極めて小さいと考えられる。

5  他方、共犯者のAに対しては、すでに平成4年10月19日、当裁判所において、本件各犯行と同一の公訴事実について、検察官の求刑どおり無期懲役に処する旨の有罪判決が言い渡されており、本件各犯行において終始主導的役割を果たした主犯のAに対する右判決によって、本件各犯行に対する社会の処罰感情もある程度やわらげられたものと考えられる上、追従的に犯行に関与したにすぎない被告人自身も、逮捕されて以来すでに7か月にも及ぶ身柄拘束を受けて、反省と悔悟の日々を送ってきているのであって、こうした事情も、社会の正義感情の充足という観点から、被告人の処遇を決するにあたって考慮する必要がある。

6  以上認定説示したところを前提として検討すると、なるほど本件各犯行の罪質及び事案の重大性や社会的影響等に照らし、被告人の罪責は決して軽視することができないけれども、他方において、本件における被告人の従属的地位、被告人の年齢、被告人の反省の情及び内省の深まり、共犯者に対する処罰とこれによる社会の本件に対する応報処罰感情の充足等の諸事情にかんがみると、少なくとも現時点においては、被告人を少年法に定める保護処分に付することが社会通念ないし法感情に照らして許容されないとまで断ずることはできない。

そして、前記認定のような、被告人の生育歴や生活歴、非行性の程度及び矯正されるべき性格上の問題点等に加えて、被告人の年齢やその可塑性、さらには少年鑑別所技官及び家庭裁判所調査官の前記処遇意見等をも考慮すれば、被告人に対しては保護処分に付する方が刑事処分によるよりもその矯正改善のために有効適切であると考えられる一方、本件について刑事処分を選択した場合には、最低でも被告人に対して短期が懲役5年以上の不定期刑をもって臨むことにならざるを得ないのであって、いかに本件事案が重大であるとはいえ、前記のような被告人のために斟酌すべき諸事情に思いを致すとき、右のような量刑とならざるを得ない刑事処分はいささか酷に失し、かえって少年の健全育成を図るという少年法の趣旨・目的に背く結果をもたらすことになりかねず、決して妥当な方策とはいえないと考えられる。

四  結論

以上に説示したところを総合考慮した結果、本件においては、被告人に対して刑事処分を選択してその刑事責任を追及するよりも、むしろ保護処分に付し、これによる矯正教育を通じて、被告人に将来に向けて改善更生の機会を与えることが、少年法の趣旨にも適い相当であると判断した。

よって、少年法55条を適用して、本件を高松家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野口頼夫 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 森實将人)

編注 受移送審(高松家 平4(少)718号 平4.11.2中等少年院送致)

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